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ヨムヨムエブリデイ

僕の好きな文庫本(22)

干刈あがた『ゆっくり東京女子マラソン』(朝日文庫

装幀・菊地信義 装画・八木美穂子 解説・芹沢俊介

きょうは東京マラソンの日。昔は東京国際女子マラソンというのがあったが、あれはいつ頃だったんだろうと調べたら、「世界初の国際陸連公認女子マラソン」として1979年から2008年まで開催されたとのことだ。本書はその第2回大会が背景となっている。1980年ぐらい。
登場人物の一人、ミドリさんが予期せぬ妊娠をして、仕事をやめるか子を産むのをやめるか悩んでいるのに、夫の態度があまりにも他人事なので「ねえ、子供を産んで育てるって私一人の問題なの」とキレる場面がある。そしてミドリさんが選んだのは、

「私、仕事をやめるわ」とミドリは言った。「そのかわり長期戦で育児をするの。女の子は自分の能力を生かすことに負い目を感じない女になるように、男の子はそういう女を理解して共に生きる男になるように」
「皮肉かな」と夫が言った。
「皮肉じゃないわ。男性中心の世の中のシステムを変えるために、次代に希望を託すって前向きの態度よ。本当は自分が仕事を続けることが近道かもしれないけれど、その近道を歩くには、子を産むのをやめたり、子供に無理を強いたりする。遠回りになるかもしれないけど、長期戦でいくの」

この本が書かれてから40年以上たっているのに、世の中の変わらなさにびっくりする。めっちゃ長期戦。だから干刈あがたの小説は、あまり古さを感じないのかも。古本で見かけるとつい買ってしまう。

美食日記

長かった一週間がやっと終わる。退勤後知人たちと焼肉屋へ。モリモリ食べてちょっと元気でた。
ク・ビョンモ『破果』(小山内園子訳、岩波書店)を読んだ。65歳の女殺し屋の話。おもろかったー。でも、この本の帯の惹句「ノワール×おばあちゃん?!」はどうなの。
奥付を見ると、印刷・精興社だが、精興社書体ではない。「さ」とか「き」や「ま」の特徴から文游明朝体かなと思った(たぶん)。昔は、明朝体とゴシック体ぐらいしかわからなかったのに、興味がでてくると、だんだん細かく区別がつくようになってくるのが楽しい。区別がつくようになると、こんなに違うのになんで今まで区別がつかなかったのか不思議だ。

先月号から始まった「波」の筒井康隆「老耄美食日記」の美食っぷりがすごい(毎日万単位)。筒井夫妻は、スーパーの3倍ポイントデーや火曜市などとは無縁の生活だろう。鼻につくとかイラッとするを通り越して痛快。目が離せない。

他に読んだ本。黒川創『彼女のことを知っている』、山崎佳代子『ドナウ、小さな水の旅』、沢野ひとし『ジジイの台所』。『破果』がよかったので、もう一冊翻訳されているク・ビョンモの『四隣人の食卓』も読みたい。

海の仙人

休み。天皇誕生日。何年も前から、祝日がくるたび、何の休みかピンとこなくなっている。
阿部和重『オーガ(ニ)ズム』完走。インターミッションを挟んだりして、2週間弱この本と一緒に過ごした。疲れたけど楽しかった。ラストはラリーさ~ん!と思わず声が出ちゃった。長い小説をちょびちょび読むのっていいもんだと改めて思う。

次はちょっと気楽に読めるものをと北村薫『水 本の小説』(新潮社)を読んだ。次から次へと本のタイトルや作家の固有名詞が現れ、つながっていくのをへえーと感心しながらどんどんページをめくる。前に読んだ川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』(文藝春秋)もこんな感じで映画の話が次から次へとつながっていく蘊蓄エッセイだった。PR誌「波」の編集長の編輯後記もこの路線に寄せているのではないかと思う。
性別で括るのは適切ではないかもしれないが、ブログでも何でも、博覧強記の美学を語るものや、「目利きのオレ」をこれみよがしに前面に出してくるのは男性の書くものに多いように思う。mansplainingという言葉もあるし。もちろん女性にもいるし、たまたま自分のまわりがそうなだけなのかもしれないけれども。

安岡章太郎岩波文庫に入ったんだとか、石垣りんのエッセイが中公文庫にとか、文庫新刊コーナーを冷やかしていたら、河出文庫絲山秋子『海の仙人・雉始雊』が入っているのが目にとまった。懐かしいなあ『海の仙人』。自分の日記の過去ログを見ると、2005年11月19日の日記に「今のところ私の絲山ベストは『海の仙人』だ」と書いている。なのに内容をあまり覚えていない。思い出せるのはファンタジーという神様が出てきて、海辺で、砂がジャリジャリするような話だったくらい。で、今日はこの薄い文庫をポケットに入れて移動していた。読んで驚いたのは、「宝くじが当たったら仕事を辞めてひっそり暮らす」と自分がずっと心の拠り所にしていることは『海の仙人』が原点だったのだということ。内容は忘れても10年以上も影響され続けていたなんて、やはり本ってすごいな。

ピルカッター

休み。ひょんなことから知り合った伊勢丹命の老婦人から今度時間があるときにお茶でもと誘われていたので、3時に待ち合わせ。チョコレートをもらった。「いつも寝る前にのむ安定剤をその日の調子に合わせて半分にしたり自分で調節していいよと先生から言われているんだけど、最近ジェネリック医薬品になったら、半分に割る割線がなくなって毎日包丁で割るのが大変」というのを聞いて、先日100均でピルカッターを買ってプレゼントした。すっごい便利、助かる!と喜んでくれて、(もちろん伊勢丹で買った)チョコはそのお礼だそう。おまけに紅茶とケーキまでご馳走になり、たった100円が何倍にもなって戻ってきてかえって申し訳なく思う。詐欺の入口ってこういうところにあるのかも。でも、喜んでもらえるとこちらも嬉しいものだ。

『オーガ(ニ)ズム 』の上巻を読み終え、下巻に移るまえにインターミッションを挟む。森まゆみ『京都不案内』。過去の著作で原田病に罹ったのは知っていたが、2015年に大病をされていたのは知らなかった。インターミッションを終え、再び『オーガ(ニ)ズム 』下巻に戻る。「テロリズム、インターネット、ロリコンといった現代的なトピックを散りばめつつ、物語の形式性を強く意識した作品を多数発表している」四五歳六ヵ月の主人公阿部和重をつい応援したくなってしまう。続きが気になって気になってしかたがない。本が、今日と明日をつないでくれる。

長めのいい小説

休み。蓄積された疲れが限界を超えると、耳(めまい)と口内炎になって出てくる体質で、なんとなく嫌な予兆があるので、温泉施設に身体をゆるめに行く。文庫化されたばかりの阿部和重『オーガ(ニ)ズム 』の上巻を持参する。なんだかんだで今まで読む機を逃していて、神町トリロジーを読むのはこれが初めて。やはり『シンセミア』→『ピストルズ』→『オーガ(ニ)ズム 』の順に読むのがいいのだろうが、目黒さんが、シリーズものは最新作から読めと言ってたし、阿部和重ご本人が「神町三部作は発表順に読まなくてもOKです」と書いていたので、読む気になっているうちにとりあえず読んじゃおう。『シンセミア』が刊行されたのが2003年だから、20年経って神町トリロジーと出合うことになった。めちゃくちゃ楽しみ~。読むタイミングはいつも向こうからやってくる。「本の雑誌」2月号の逢坂冬馬「本屋大賞で買った本」に、宮部みゆき火車』を買い初めて読んだとあったので、いつ刊行されようと、読みたいときが、その人の読み時なんだなと思った。
以前は、長い小説はあまり得意ではなくて、次に何を読もうというときに、長い(分厚い)ものはつい後回しにしていたのだけれども、近頃は、長い話を少しずつ読み進めていくのって楽しいなあと思うようになった。栞やスピンが、じわじわ後ろに移動していくのを見る喜び。『リバー』とか『地図と拳』とか『緑の天幕』とか分厚かったものね。

夜は餃子を焼く。『オーガ(ニ)ズム 』の続きを読む。主人公の作家阿部和重の妻が川上さん。ニュースが、雪雪雪雪いってる。