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4月のある晴れた朝に

風が強いけれど、気持ちよく晴れた4月の朝。まだ見頃の桜。もし100パーセントの女の子に出会うとしたら、たぶんこんな日ではないかな。

気分のよいスタートから一転、一日こき使われ、げっそりやつれて、PR誌をパラパラしながら帰る。「図書」4月号で斎藤真理子の新連載が始まっていた。「本の栞にぶら下がる」という連載タイトルで、タイトル通り、導入部はスピン(しおり紐)の話から。昨年、冨原眞弓の連載が終ってさみしいなあと思っていたので、楽しみな連載が始まってよかった。PR誌はすぐにたまってしまうので定期的に処分するのだが、先日、本の整理をしていたら2012~13年ごろの「図書」が出てきて、なんで取ってたのかなあと中を開くと、蜂飼耳と伊藤比呂美の連載が載っていた。当時これを読むのが楽しみで、捨てられなかったのだ。あと大江健三郎のコラムも。次に「ちくま」4月号をめくると、また斎藤真理子の名前が。ああ、この感じ。1~2年前、開く雑誌、開く雑誌にブレイディみかこの名前があったのを思い出す。脂が乗りに乗りまくってる感じ。

風呂に入り、夕飯を食べた後、ちょっと横になってテレビを見ていたらそのまま眠ってしまい夜中の1時半頃に目が覚めて本格的に寝直す日が続いているので、じゃあ最初からがっつり寝ようじゃないかと思って、早めに布団に入ると全然眠れない。なぜだ。

3密

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#職場フヅクエ
昨日は、雪と桜のマリアージュを眺めながら(32年ぶりだそう)、こんな美しい光景をこれから何度見られるのだろうと思った。ウィルスと桜と雪がセットで記憶される春。
3連休明け。まだ寒さが残っている。在宅勤務できる職種ではないので、いつも通りに出勤。相変わらずドタバタして、やっと交代で昼休憩に入る。イ・ギホ『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』、おむすびふたつ(梅干しと昆布)、今日はゆで卵も付けた、きよみだったかはるみだったか甘くて香りのよいみかん、同僚がくれたおやつ。この30分だかの時間だけを心の拠り所にして働いている。

君、本や小説で倫理を身につけられると思うかい?
本によって、小説によって、羞恥をともにするなんてことができると思うかい?
僕の見たとこ、そんなのは不可能だ。
不可能だと気づくこと。それが、僕らが小説や本を通して学べる唯一の真実だよな。
それを言いたくてここまで書いてきたんだ。
真実が目の前まで来たときに、君はどれだけ見えすいてない行動ができるか?
僕は、まだまだだな。          「あとがき」より(P.307)

本の帯にも一部が抜粋されている部分。真実だろうと何だろうと、見えすいた行動しかできない自分には耳が痛い。目が痛いのほうがいいのかな。
夜、ニュースをはしごしていると、どの局でもアナウンサーたちが申し合わせたように間隔を大きく開けて座っている。この先もしウィルスが治まって、再び間隔が縮まったとき、なんか見てて照れそうな気がする。それはいつになるんだろう。

記憶の放物線

f:id:yomunel:20200327195035j:plain:leftコロナのせいで勤務シフトがわちゃわちゃなり、通常休みも返上せねばならなかったほどなのに、3月末で本年度の有給休暇の残りが全部チャラになるなんてあんまりじゃね?と訴えていたら、27日28日は有給使って休んでよろしいという運びになり(言ってみるもんだ)、29日は日曜なのでなんと三連休に。おうち大好きのヒキコモラーなので、外出自粛は大歓迎だ、というか普段の休日とほとんど変わらない。

朝、ゴミを出したついでに少し足を延ばして近所の公園に桜を見に行く。ほぼ満開。曇り空の桜もいいなあ。誰もいなくて、静かな桜。
あとは、積読本のあばれ読み。疲れた頭でもちょこちょこ読めるエッセイ集に手が伸びる。春日武彦『猫と偶然』、田尻久子『橙書店にて』、北上次郎『息子たちよ』。まだ明るいうちから風呂に入って、夕飯を食べて、もういつでも寝られるという段取りになってから、テレビを見たり、本を読んだり、ダラダラする気持ちよさ。次の日休みだから、なんなら眠らなくてもいいという選択肢だってある。

『息子たちよ』は20年間、日曜日の夜しか家に帰らなかった父親が、その息子たちへの思いを、本の紹介を絡めながら綴ったエッセイ。感傷的でウェット。「20年間、家に帰らなかった」で始まるのだけれど、いやその間、奥さん大変だっただろうなと、ずっと奥さんのことを考えながら読んでいた。はっきり思い出せないが、本と身辺雑記を絡めたエッセイが好きになったのは、本の雑誌チルドレンだった頃に北上次郎目黒考二)を読んだのが始まりかもしれない。取り上げられている本が古びてしまうのは仕方がないけれど、『感情の法則』や『記憶の放物線』はたまーに読み返したくなる。

ブルーハワイ

土曜は出勤なので三連休とはいかないけれども、昨日休みで明日また休みで気分があがる。
昨日は春分の日。快晴で暖かく、いかにもザ・春の祝日というのどかな一日だった。先週のホワイトデーには雪が降っていたのにね。布団を干し、ベランダに折りたたみ椅子を出し(今年初)、「カルテット」の別府君たちをマネしてサッポロ一番を食べた。おいしー。コーヒーを飲み、おはぎをつまみ、本を読んだ。青山七恵『ブルーハワイ』(河出書房新社)。この間読んだ『私の家』がよかったので他のも読みたいと手に取った。これもよかった。芥川賞の『ひとり日和』を読んで以来だから、10年以上の空白期間があったことになる。こういう場合、刊行順に読んでいくのがベストなのだろうけど、なにしろ数が多いので、気になるものからぼちぼち読んでいこうと思っている。ずぶずぶハマりまくるという感じではないのだが、不思議と他のも読んでみたくなる。他のも読みたいときは、かなり気に入っているらしい。次は、友田とん『『百年の孤独』を代わりに読む』に登場してずっと読みたかった『わたしの彼氏』を。

朝日だけ土曜日の書評欄にはやっと慣れてきたが、なかでも一番身近な、というか唯一興味深く読めるのが「文庫この新刊!」のコーナーで、特に山田航、堀部篤史、辛島デイヴィッドの週は楽しみにしている。文庫だとちょっと気になるってだけでも気軽に買えるのがいい。瀬戸内寂聴の『求愛』などはこの欄で見かけなかったら絶対読まなかったと思う。今週の担当の山田航につられて、pha『どこでもいいからどこかへ行きたい』(幻冬舎文庫)を買った。これは『ひきこもらない』を改題し、再構成したもののよう。仕事の帰りに食材などを買い、そのあと文庫本を一冊買ってぱらぱらしながら帰るのは気分がよくて、次の日休みときたら、もう怖いものなし。

再読

用事でたまたま近くにいるので食事でもと誘われ、友人Tと仕事終わりに落ち合う。餃子とビールがありさえすればゴキゲンのTと食べる際は、たいていチェーンの中華料理屋だ。メニューを睨みながら悩んだ末、ラー、チャー、餃のハーフセットを頼む。月曜日からめんどくさいな、早く帰りたいなとはじめは思っていたのだが、味の濃い中華を食べながら他愛もない話をグダグダしているうちに、何かいろいろどうでもよく、愉快な気持ちになってきた。

コンビニでアイスクリームを買い、藤野可織『おはなしして子ちゃん』(講談社文庫)を読みながら帰る。近頃『ピエタとトランジ<完全版>』が刊行されたのに、元の短編をあまりよく覚えてなくて、これはヤバいと読み返しているところ。この間『かわうそ堀怪談見習い』も読み返したのだが、たった3年前に読んだばかりなのに、その忘れっぷりに自分のことながら驚いた。再読というより初読といった感じでまた面白く読んだ。私には豪快なところなどこれっぽちもないわいと思っていたのだが、忘れっぷりは豪快だった。

歌人の山階基が『雪沼とその周辺』について書いた素敵な文章File51.忘れたころに読み返す本|昨日、なに読んだ?|山階 基|webちくまを、うんうん、そうそうと読んでいると、忘れてもまた読めばいいじゃない、いやむしろ何度も忘れて何度も読みたいと思ってしまう。『雪沼とその周辺』もそのうち読み返したい。