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ヨムヨムエブリデイ

ハーフタイム

上半期が終了した。前半の最終日(昨日)は、毎年の習慣になっている夏越の大祓へ。茅の輪をくぐっただけで何かがどうなるというわけではないのだけれど、さっぱりして清々しい気持ちの帰り道だった。

小川哲『斜め45度の処世術』を読んでいると、暦という恣意的なシステムが更新されるだけの正月になんの価値があるのか、「あけましておめでとう」を言いたくないというような記述がある。年末年始に浮かれていると、必ずそのようなことを言う同僚や友人がいるものだが、気持ちの上だけでもリセットできて、また新しく出直せるというのがいいんである。おまけに夏越の大祓は半年でリセットできる。ビニールをバリバリ開けて、新品の下着を出して身に着けるように、バリバリ開けたビニールから取り出したまっさらの「下半期」に袖を通す7月の初日。

しかし、6月の終わりから読んでいた桜木紫乃『異常に非ず』を今月に持ち越してしまった。中瀬親方がエンタメ番付4月場所の横綱に選んでいたので手に取った。ナフサ不足にも対応しやすそうな黒いカバー。亜紀さ~ん、早く花川から逃げて~と心の中で叫びながら読んでいる。
この小説は大阪の三菱銀行立てこもり事件がモデルとなっているが、再現ドラマかなんかで見た記憶がうっすらあるだけでよく知らない。上司に「三菱銀行立てこもり事件覚えてます?」と訊いてみたら、「ああ、あの犯人がブリーフだったやつかな」と言うので、「立てこもり ブリーフ」で検索すると深川通り魔殺人事件と出てきた。違うやないかい。それでWikipediaで三菱銀行人質事件を調べて詳細な記述に震えあがるというまったく清々しくない後半戦の始まりになってしまった。後半開始早々、ゴールを決められた気分だ。

親切は技術

スーパーで買物を済ませ、セルフレジで会計しようとしていると、杖をついた高齢の女性がレジの人に紙幣を渡し、代わりにセルフレジをやってくれと頼んでいる。どうやらいつもそのようにしてもらっているようだが、その日は特売日でレジが激込み、店員さんもそれどころじゃないという感じで、放ったらかしにされた杖の女性がセルフレジの前で固まっていた。見かねてセルフレジを手伝い、品物をエコバッグに詰めてあげて「ありがとう」「気をつけて」と言って別れたのだが、今冬に読んだ津村記久子『ふつうの人が小説家として生活していくには』のことをふと思い出してしまった。

「優しいとかは性根がいるけれど、親切は技術だけでできる」「どんな冷たい人間でも技術で親切にはできるやろ」「ケアは技術。だから親切に近いもの。才能ではなくて技術なんだから、誰にでも開かれている」「いい人間になれなくても、いい行動は取れる」といった内容だった。セルフレジを手伝いながら、今、自分は技術で親切にしているのだと思った。心からの優しさからだろうと技術だろうと、困っている人を助けるという行動は変わらない。

コミュニケーション能力に乏しく、社会にあまり適応できない私がずっと仕事を続けていられるのは、技術のおかげだと思っている。仕事内容の技術ではなく、働き方の技術。

今村夏子「とんこつQ&A」の主人公は中華料理屋で接客のバイトをすることになったが、「いらっしゃいませ〜」「お待たせしました」「ありがとうございました」の言葉がでてこず無言で立ち尽くす。しかし「いらっしゃいませ」と書いてあるメモを読めば、するりと「いらっしゃいませ」が飛び出してくることに気づく。そこから客に対応できるように読み上げるメモをどんどん増やして接客をこなしてゆく。これを読んだとき、あ、私と同じことをしてる人がいる!と感激した。私は今でもどこかに電話をしないといけないときは、念入りにシナリオを書いてからでないとだめだ。
これまで技術だけでなんとか乗り切ってきたが、何十年も同じことをやっていると、ちょっとしたアドリブぐらいはきくようになる。

CCBが止まらない

C(Car)とC(Coffee)とB(Book)、今はこれで生活が回っている。

特にどこか遠くへ行きたいわけではないのである。熱いコーヒーを入れたタンブラーを携えて、街なかを抜け、海または山のほうへ車を走らせる。道の駅や地元のスーパーで目についたものを買い、静かなところに駐車して、その辺を散策する。疲れたらコーヒーと買ってきた食べ物をつまみ、シートを倒して読書のち昼寝、ただこれだけのことが楽しくってしかたがない。今の季節だと、日陰に車を停めて窓を開ければ、気持ちの良い風が通り快適だ。もし急に雨が降ってきても車だから安心。これから暑くなったらこうはいかなくなりそうだけれども。

なによりずんずん本が読めるのが嬉しい。油断していたら車にも積読本がたまってきた。まず車に本を積み込み、さらに積み上げるダブル積読だ。この間は、部屋に長らく積んだまま読む機会を逃していた宮野真生子、磯野真穂『急に具合が悪くなる』を車の中で読み終えた。紹介文を読んだだけで怖くてずっと後回しになっていた本だが、近頃、カンヌ映画祭がらみでトレーラーをよく目にするので、覚悟を決めてコーヒーのタンブラーと一緒に車に積み込んだ。しんどい内容だったけれど、思い切って読んでよかった。その日は、ずしんとした余韻とともに、帰路についた。

車のなんかさ、車のなんかね

桜が満開を迎え、新年度で仕事が立て込んで大混乱なのに、今年はそれどころではなかった。では何どころだったのかというと、車どころでした。

桜が開花するかどうかと騒がれていた先月の中旬に車はやってきた。家で車が納車されるのを受け身で待っていると、1万いくらか余分に取られるので自ら迎えにいった。あれこれ思い出にひたりながら、古い車を運転して車屋へ走る道中がまたよかった。センチメンタルなラストドライブ。
新車の説明を受け(スイッチ多すぎ!)新しいキーを受け取る。希望ナンバーを取得するには、これまた1万いくらかかかるので、もう何も決めたくなかったこともあり、どんな番号でも受け入れますと言っていたところ、ゾロ目的ないい感じのナンバーをあてがわれていた。天に任せて正解だったなと思った。新しい車のハンドルを握る帰り道のなんともいえない緊張感と高揚感。

それからは、寝ても車、覚めても車、付き合い始めのカップルみたいにいつも一緒にいたい。3月の3連休には友人を誘い、レクチャーを受けながら車中泊してみた。車中泊、楽しい~。今年は車中泊しながらあちこち巡りたい。が、石油はどうなるの?
たまの休日は、近場にドライブして、シートを倒して本を読んで帰ってくる。家に帰り着いても車から降りたくなくて1時間ぐらいまた本を読んだり、だらだらしたりして過ごす。
この間は、綿矢りさの『グレタ・ニンプ』を
ウッ、ププププッ、ププッ!
と笑いをこらえつつ車中で読み終えた。スカッとした。

3月に読んだ本。戌井昭人『おにたろかっぱ』、綿矢りさ『激しく煌めく短い命』、クレア・キーガン『あずかりっ子』、ハン・ガン『光と糸』、椎名誠『続々 失踪願望。 病み上がり乾杯編』、落合恵子『がんと生ききる』、平松洋子『本は誰かを連れてくる』、養老孟司 中川恵一
『病気と折り合う芸がいる』など。
もし今のイラン情勢がわかっていたら、車買い替えなかっただろうな。1ヶ月の差で運命が別れてしまった。

ドライブ・マイ・カー

またまたここをほったらかしにしていたら、もうすぐ2月が終わる。この1ヶ月ちょっとの間に、選挙があり、雪が降り、オリンピックが始まり終わった。マフラーも手袋も不要になりつつある。その間何をしていたかというと、車を買い替えてました。
ここ何年も車検が近づくたびにそろそろ車、手放そうかなと悩んでいた。移動は電車やバスでできるし、駐車場代や車検代など維持費も馬鹿にならないし、なんならカーシェアを利用する手もある。しかし、ずいぶん悩んだあげくに、結局また車のある生活の楽しさのほうを選んでしまった。なにしろ古い車で、特に今年はタイヤ交換など諸々で車検代がかなりかさみそうだったので、それなら買い替えたほうがいいかな、昨年は大変な目にあったし、予想外の入院給付金も貰ったし、ということで地獄の車探しが始まった。

何で地獄かというと、優柔不断なんですわ。数万円の電化製品や洋服を買うのでさえも迷って迷って決められないのに、もっと高価な車なんて選べない。車種で迷い、色で迷い、オプションで迷い、いろんな車を検索しまくった結果、もう入ってくる広告が車だらけになってしまった。最後まで悩んだのは「色」だった。車検のタイムリミットがせまり、長嶋有さんが、エッセイに愛車のラシーンを買ったときのことを、「便利な」ではない、「好きな」車を買ったのだったと書いていたのを思い出し、私も「好きな」を優先することにした。やっと契約を済ませ、今は来月の納車を待つばかり。それなのに、車の広告が入ると、ああ、やはりこっちの色がよかったかなあとまだクヨクヨ悩んでいる。もうどうしようもないのに。悩みすぎて免疫力が落ちたのか、口内炎はできるし、結膜炎になるし散散だ。今はもう何も選びたくない。