初めて尾崎翠の名前を知ったのは、中学生のころ。群ようこや中野翠などの読書エッセイによく出てきて、読みたいなあと思っていたのだけれど、当時、創樹社から出ていた『尾崎翠全集』は、簡単には入手できなかった。そんなところに刊行されたのが、このちくま日本文学全集で、まさに渡りに船、文庫だし、安いし、ものすごく嬉しかったことを憶えている。すぐに読み、夢中になった。その後、文庫本に限れば、ちくま文庫から『尾崎翠集成 上・下』が、岩波文庫や河出文庫から作品集が出版されたが、良いところがコンパクトにぎゅっと詰まっているこの文庫が好きだ。ちくま日本文学全集には、他にも木山捷平や梅崎春生や長谷川四郎などを教えてもらった。その中で私的ベスト1が、この尾崎翠の巻だ。
尾崎翠は、高血圧と老衰による全身不随で死の床についていたとき、「このまま死ぬのならむごいものだねえ」といって大粒の涙を流した、というエピソードが必ず年譜にくっついてくるのだけれども、いやもうぜんっぜんむごくなんかないですよ、あなたが亡くなって50年以上経つのに、たくさんのファンにこうして大切に読み続けられているのだから、むごくなんかないです、と伝えてあげたい。