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僕の好きな文庫本(23)

堀江敏幸『河岸忘日抄』(新潮文庫

立体・三谷龍二 写真・広瀬達郎 解説・鷲田清一

今年のみすず読書アンケート号の巻末に載っていた新刊告知を見て、これは読まねばとそそられた、シルヴァン・テッソン『シベリアの森のなかで』(みすず書房)を読んでいる。著者がバイカル湖畔の森の小屋でひとり暮らした半年間にわたる隠遁の日々を綴った日記。昨年は似た設定のパオロ・コニェッティ『フォンターネ 山小屋の生活』(新潮クレスト)を楽しんだ。自分に隠遁願望があるのでこういう話は大好物だ。
昔から灯台、もしくは河川の水門の上にある四角い小屋(岩淵の青水門が理想)に住みたいと思っている。本を読み、音楽を聴き、目をあげると海や川が見えるなんて最高ではないか、というようなことを人に話しても同意を得たことはないけれども。

『河岸忘日抄』は、異国の河岸に繋留された船にひとりで住むことになった「彼」の日々の生活と思索。以前は熱心な読者だった堀江敏幸の著作でいちばん好きな一冊だ。時々手に取りぱらぱら読み返していると穏やかな気持ちになる。クロフツの『樽』、ブッツァーティチェーホフ、古いレコード、クレープ、オムレツ、珈琲、郵便配達夫。そしてページを埋めるのは精興社書体。「彼」の生活は、今の世の中の強さや速さとはかけ離れている。「稀有の強さは、ひたむきな弱さの持続によって維持され、最後の最後に実をむすぶのだ(p.35)」。ためらいつづけることの、何という贅沢。