y o m u : n e l

ヨムヨムエブリデイ

セーターを着ると新しい季節の匂いがした。

このタイトルは『ノルウェイの森』から引っ張り出してきた。こういうキメフレーズは脳のヒダヒダの間に深く入り込んでいて、普段は意識しなくても、ふとした拍子に浮かび上がってくる。急に寒くなり、このフレーズと共に、慌てて秋冬物も引っ張り出す。ベージュを基調にした秋の装い、甘さをおさえたきれいめコーデで出勤。

今月に入ってから時に励ましながら伴走してくれていた滝口悠生『水平線』(新潮社)を読み終えル。滝口悠生が会社員時代、仕事の休憩時間に津村記久子の『ウエストウイング』を読んでいたときのことを「本を開けば作品の舞台であるビルの世界にまた行ける、彼らに会える、とこの本を読む毎日が幸福だった。(中略)毎日鞄のなかにその本があると感じて嬉しくなったその重みまで覚えている。」と書いていル。私は、硫黄島や父島や釣り堀にまた行けル、横多くんやくるめちゃんや忍さんや八木皆子さんやイク、達身、重ル、牛のフジなんかにまた会えルと、毎日『水平線』を開くのが楽しみだった。

ありがとう、と私は言ったのだけれど、その感謝は、横にいる秋山くんにだけ向かうのではなく、私がこれまでこんなふうに無力にその場でただ遠くを見ることしかできなかったいろんな場面で、私に手や、声や、食べものや、温かい飲み物を差し出してくれたすべてのひとびとに向けられているんだ、と私は思った。いや、私だけでなくて、私の知る、私の好きなひとの同じような場面で、彼らに手を差し伸べたひとたちにも向けられている。とても多くのひとたちだ。でもいまなら、ここからなら私のどんな声も、そんなひとびとにちゃんと届く。どんな離れたところにも届く。どうしてかわからないけどそう思った。  
『水平線』(p.440)

『水平線』を読んだら、昔読んだ『死んでいない者』を読みたくなり、本棚から文庫本を出してきたら、解説が津村記久子だった。つながっていル。