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ヨムヨムエブリデイ

僕の好きな文庫本(17)

トルーマン・カポーティ『夜の樹』(川本三郎訳、新潮文庫

カバー装画・黒田アキ 解説・川本三郎

6月6日、気象庁関東甲信地方が梅雨入りしたとみられると発表した。鬱陶しい季節が始まるが、雨音を聞きながら、雨の物語を読むというささやかな楽しみが自分にはあって、雨の季節に真っ先に思い浮かべるのが、カポーティの「無頭の鷹」なのだ。今、文庫で簡単に入手できるカポーティの短篇集は、この『夜の樹』と、『カポーティ短篇集』(河野一郎訳、ちくま文庫)とアンリ・カルティエ=ブレッソンが撮影した若きカポーティポートレートがいかす『誕生日の子どもたち』(村上春樹訳、文春文庫)の3冊(『カメレオンのための音楽』ハヤカワepi文庫もあるが)で、そのどれにも「無頭の鷹」は収められている。それぞれの文庫の収録作には特色があって、ちくま文庫のは旅をしながら読みたくなるし、春樹訳のはクリスマスの頃に読みたくなる。私が好きでいちばん手に取ることが多いのが「ミリアム」「夜の樹」などが入っているこの『夜の樹』だ。黒田アキのカバーがシャレている。今年も「無頭の鷹」を開く。

駆け出していく人間たちの足音と雨の音がまじり合い、舗道で木琴のような音をたてる。さらに、ドアが急いで閉められる音、窓がおろされる音が聞こえてくるが、そのうち、あたりは静かになり、雨の音しか聞えなくなる。やがて、彼女がゆっくりとした足どりで、街灯の下に近づいてきて彼の横に立つ。空は、雷で割れた鏡のように見える。雨がふたりのあいだに、粉々に砕けたガラスのカーテンのように落ちて来たからだ。(p.158)