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ヨムヨムエブリデイ

レイニーブルー

雨の一日。退勤後スーパーと本屋に寄る。いつものルーティーン。山崎ナオコーラ『この世は二人組ではできあがらない』の「でもさ、仕事が終わったあとに、文庫本一冊と、缶ビール一本を買って帰るのが、一日の終わりの楽しみなんだ。」と言う紙川さんの気持ち、うん、よくわかるよ。

講談社文庫の新刊が並んでいる。いつもより早いのは金曜日だから? 西村賢太『瓦礫の死角』。これ、読みそびれていて、いつだったか真梨幸子が新聞の追悼文で、この本所収の「崩折れるにはまだ早い」について、ミステリーの手法で書かれていて「あ!」と叫んでしまうほど騙された、と言及していた。ミステリー好きとしては、騙されて「あ!」と叫びたいじゃないですか。文庫化はラッキー。滝口悠生『高架線』も文庫化。サヌキナオヤ装画の単行本もよかったけど、文庫版もまた素敵。

滝口悠生といったら、フヅクエ文庫の選書企画で選んでいた「会社員時代に読んだ本3冊」とそれに添えられたコメントがすごくよかった。会社員になってすぐ、ひと月くらいでつらくてもう辞めたい、辞めよう、と思い、その時期に読んでいたのが絲山秋子長嶋有の文庫本だった、とある。さらに津村記久子の本についての文章がまたよくて、長くなるけれど引用する。

デビューして小説の仕事もしはじめたけれど、まだ会社勤めをしている頃、仕事の休憩時間に三茶のシャノアールでこの本を少しずつ読み進めていた。本を開けば作品の舞台であるビルの世界にまた行ける、彼らに会える、とこの本を読む毎日が幸福だった。僕はそういう経験は少なくて、自分で小説を書いているからか、小説を読むのは素朴な楽しみというより取っ組み合いみたいなところがあり、甲斐はあるけど疲れる作業でもある。でも津村記久子の作品とは取っ組み合いにならなくて、穏やかに一緒にいられる。僕が読んでいたのは分厚い単行本だったから、毎日鞄のなかにその本があると感じて嬉しくなったその重みまで覚えている。

私も仕事の休憩時間にこの津村記久子の分厚い単行本を読むのをひたすら楽しみにしていたことを覚えている。滝口悠生の本を読むと、いつもこのままずーっと読み続けていたい気分になるのだけど、そういう本たち、『茄子の輝き』『高架線』『長い一日』が毎日通勤鞄のなかにあり嬉しかったこともまた覚えている。