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僕の好きな文庫本(16)

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佐野洋子『ラブ・イズ・ザ・ベスト』(新潮文庫

カバー装画・佐野洋子 カバー装幀・平野甲賀 解説・白石公子

2月22日だから『私の猫たち許してほしい』(ちくま文庫)にしようと本棚の前に立つと、すぐ隣に並んでいたこのうすーい文庫が目に入り、抜き出してパラパラしているうちに読み耽ってしまった。佐野洋子がこれまでに出会ってきた人々との思い出を綴ったエッセイ集。元本は1986年に冬芽社から刊行され、1996年に新潮文庫入り。その後2018年に『でもいいの』と改題されて河出文庫入り。小川洋子平松洋子の対談集『洋子さんの本棚』では、まだ佐野節が定着していない初期の荒削りの佐野洋子を楽しめる本と言及されている。

この中の一篇「丸善のヨシノさん」について。まだ無名時代、欲しくてたまらないが、月給の倍位するので買えない銅版画の本を月払にしてくれと丸善で頼んでみたところ、奥から偉い人が出てきて「沢山勉強して偉くなって下さい」と個人的にたてかえてくれることになる。それが中年のヨシノさんだった。毎月給料日に千円ずつ返しに行き、最後に払い終わると「よくがんばりましたね」とヨシノさんが言った。それから20年後に新しい絵本を出し、丸善でサイン会をすることになったとき、ヨシノさんが七年前に亡くなったことを知る。

 部屋を出る時、その人は私に「沢山勉強して偉くなって下さい」と言った。偉くなるということはどんな事かわからなかったが、偉くなれなかったらヨシノさんに悪いと思い、でも偉くなれなくてもばれないだろうとも思った。(p19)

この「偉くなれなくてもばれないだろうとも思った」のところがなんとも佐野洋子っぽい。ウエルメイドなちょっといい話のコーティングがぺろっとめくれて、チラリと顔を覗かせる悪い洋子がたまらなくいい。