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ヨムヨムエブリデイ

夏の本

先週から気温がぐっと下がり、涼しいを通り越して肌寒いくらいで、すっかり秋の気配だ。今年は夏が短かったな。でも終わってしまえば何だってそう感じるのではないだろうか。

読んだ本が、それを読んでいた時の場所とか季節の匂いとともに記憶されることがあるが、なにしろ一年中、どこでもどの季節も本を読んでいるのですべての本がそうであるわけではない。読書の記録を振り返って、そういえばこれ読んだの正月休みだったんだとか、桜の季節だったんだとか後付けで認識することも多い。それでもたまに強く印象に残る本があって、今年の冬は、小山田浩子の『庭』(新潮文庫)だった。白とグレーと黒といういかにも冬っぽい色合いの文庫本を紺色のコートのポケットに突っ込んで歩いていたこと。知人を待つベンチで、右手だけ手袋を脱いでかじかむ指でページを繰っていたことなどを記憶している。

今年の夏の本としてあらたに記憶されたのは、阿部和重『ブラック・チェンバー・ミュージック』(毎日新聞出版)だ。鮮やかなピンク色のカバーに黒いオビ、川名潤によるいかす装丁。日々過去最高を更新する新規感染者数や、オリンピック・パラリンピックの喧騒や、雨続きで順延順延の甲子園の夏が、波乱万丈の展開をみせる2段組み約500ページと結びついている。本のなかの季節は、夏ではなかったのだけれども、ページのこちら側にいる私は汗だくだった。