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地図帳

昨日今日と、冬らしい寒さ。帰り、雨。仕事ますます忙しく、まためまいがぶり返さないかヒヤヒヤしている。夕ご飯は、冷蔵庫の余り物の野菜、きのこ、ちくわなどをどっさり入れて玉子を落とした鍋焼きうどん。時間がなくてめんどくさいときは、簡単であったまる。食後、同僚からおすそ分けしてもらった林檎。シャクシャクしておいしい。

青山七恵『私の家』を読んだ。3世代に渡る家族の群像劇11編が収録された連作短編集(または11章立ての長編小説?)で、爆発的な面白さではないが、程よいユーモアがあり、昼休みや通勤時や寝る前に1編ずつ読んでいくのをとても楽しみにしていた。その中で、

ひとまず何かをくれるひとが親たちにいるということに、梓は彼らの子としてなんとなく安心する。誰かに何かをあげたりもらったりしているうちは、人間はしっかりしていられるという気がする。

という文章が心に残っている。自分もちょっと前に似たようなことを感じたばかりだったから。

正月休みに帰省したとき、居間のテーブルの上に高校生が使う地図帳が置いてあった。ゆく年くる年にでてくるお寺の場所や、駅伝のルートなどをいちいちそれで調べては、へぇとかほぉとか感心している母に、それどうしたの?と訊いたら、お向かいのジュン君が学生時代の教科書なんかを全部捨てるっていうからおばちゃんに地図帳ちょうだいってもらっちゃった。スマホだとこんなにバーッとテーブルに広げて見られないから便利よー。ラグビーWCのときは大活躍、イングランドウェールズスコットランドの境界わかる?などと熱く語りだしたので、なにはともあれ楽しそうでよかった、ジュン君ありがとうと思った。

柴崎友香の『春の庭』では、登場人物たちが何かをあげたりもらったりすることが繰り返される。実際そういう体験をすると、めんどくさいと思うこともあるのだが、まあ、ものをあげたりもらったりしているうちは大丈夫、という感じはある。