繰り上げバレンタイン

初夜/イアン・マキューアン

また寒さが戻ってきた。寒くてうれしいのは、着ぐるみを着用している人を見かけても全然つらくならないこと。むしろあたたかくていいだろうな。夏はつらすぎる。
イアン・マキューアン『初夜』(新潮クレスト)を携帯本に。原題は『On Chesil Beach』。ストレートに『チェジル・ビーチにて』よりも、『初夜』のほうがインパクトが強くて売り上げがよいのかもしれない。今の職場に来たてのころ、顔面が油田地帯のようにヌラヌラした部長が、あくびをしている新婚の先輩(美女)に向かって「ゆうべは寝かせてもらえなかったんだろうイヒヒヒ」と言っていたのを思い出した。長い睫毛を伏せた先輩の美しい横顔を眺めながら、やれやれ気の毒にと思ったことを憶えているけれど、今となってはそんなことは日常茶飯事で挨拶がわりみたいなものなのだった。
バレンタインデーが日曜なのできょうは繰り上げバレンタインだ。若年組の女の子たちが義理チョコを用意してくれる。帰り際に義理チョコの総額を義理義理ガールズの頭数で割った金額344円を徴収されただけで年に一度の儀式があっけなく終了。人気のないエロ油田部長にも事務的にチョコはゆきわたったようだ。
全ての装備を知恵に置き換えること帰りにマキューアン『初夜』のつづきを読む。あららーそんなことになっちゃったですかという幕切れだった。薄いので意外に早く読み終え、次は軽めのエッセイでもと思い、本屋で石川直樹『全ての装備を知恵に置き換えること』(集英社文庫)を買う。これは元本が今話題の晶文社刊(平野甲賀デザイン)。『週刊朝日』の温水ゆかりさんのコラム「愛でたい文庫」で最近やっと石川直樹石川淳の孫だと知った。別に孫だからどうってことはないのだけれども。旅する人の文章は風通しがよくて気持ちがいい。星野道夫をちょっと思い出す。電車の中がポカポカ快適で、本のページを繰りながら気が遠くなり頭がぐらんぐらんになる。仕舞には世の中が真っ赤になった。